槙田 盤『テクノロジーへの依存による音楽体験の変容』(1992)
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 第1章  はじめに

  第1節   カラオケを研究することについて

 今日みられるカラオケの社会的な浸透は、ポピュラー音楽の歴史において、特筆されるべき状況であろう。カラオケとは、レコードで聞いていた曲をレコードそっくりの伴奏に合わせてみずからが歌うことができる装置にすぎない。しかし、これほどまでに老若男女の広い範囲に影響をおよぼした現象は、音楽一般にかかわる環境としては、これまでなかった。
 カラオケによって、一般の人々は、音楽を容易に演奏できるようになった。しかし、録音された伴奏に合わせて歌うという行動が、はたして人々の音楽的な感性を満足させているのであろうか。演奏者にとって、自分の意図とは関係なしに演奏が進行してゆき、それに一方的に合わせなければならないという演奏形態は、カラオケ以前には存在しなかった。演奏者相互の関係は、複製技術によって失われてしまった。もちろん、演奏とは、演奏の成立にむけてのある規範にしたがった役割行動である以上、演奏者は自分勝手な行動をおこなうわけではない。しかし、そうした規範は、演奏者どうし、あるいは演奏者と聴取者との間主体的な関係の中で生まれるものであり、固定した規則ではなく、ましてやカラオケの録音のようにあらかじめ恣意的に設定したものではない。演奏者にとって、演奏することによって時間の流れをつくり出すことは、単なる音楽を成立させるための役割行動の結果ではなく、音楽を通じて自己の存在を生き生きと実感するという音楽の本質的な目的のためなのではないか。
 カラオケが使用される場においては、歌唱者と聴取者とはどちらもが、日常ではみられない行動様式をとる。歌唱者は、歌詞を見ながら、演技的な身体行動をともなって歌唱する。聴取者は、ある決まった場所では拍手をし、手拍子をするなど、日常的な音楽聴取行動よりも積極的ではあるが、必ずしも歌唱者の声を意識して聴いているわけではない。また、歌唱者と聴取者は、容易に交代可能である。人々は、その時に与えられている自分の役割を軽やかにこなすことによって、カラオケを楽しんでいる。その場において、音楽は、なくてはならない存在ではあるが、それほど重要視されていない。
 カラオケは、人々に、音楽を歌唱する環境を提供しているにすぎないのかもしれない。しかし、その再生に合わせて演奏するという形態が、人々の音楽的感性に与えている影響は、大きい。カラオケによる音楽体験が、それまでの音楽体験とどのように異なり、人々の音楽的な感性にどのような影響を与えているのかを考察するのが、この論文の目的である。

  第2節   カラオケによる音楽体験の特徴

 カラオケによる音楽体験とそれまでの音楽体験との大きな相違点は、二つあげることができる。ひとつめは、これまであまり演奏行動をおこなわなかった人々が、演奏するようになったこと、ふたつめは、演奏者があらかじめ録音されている演奏にあわせて演奏して聴取者に聴かせるようになったことである。前者がカラオケの社会的な位置づけの問題であり、後者は、カラオケによってつくられた新しい環境の問題であるというように、この2点は、性格が異なってはいるが、カラオケを考察する出発点としては、どちらも欠かすことができない。なぜならば、どちらもが、カラオケによってはじめて、しかも同時に人々にもたらされた新しい音楽体験のあり方だからである。ここでは、順をおって考察することにする。

 まず、演奏行動をおこなう人々が増加したことについて。
 複製技術の普及以降、人々が音楽を一方的に聴取する機会が増加した。それまで音楽にあまり接する機会がなかった人々にまで音楽聴取体験が一般化したことは、複製技術の功績ではあるが、演奏者と聴取者との役割がはっきりと二分されてしまった。
 複製技術が誕生するまで、人々は、音楽を聴取するためには、音楽が演奏する時刻にその場所に居合わせなければならなかった。このことは、聴取機会を限定することではあったが、そこでの音楽はかならず、聴取者と演奏者とが双方向的なコミュニケーションのもとに成立していた。
 宴会などのコミュニティーにおいては、演奏技術を比較的必要としない音楽が一般の人によって演奏され、あるいは複数の人々、あるいはその場にいる全員で演奏することもあるなど、演奏者と聴取者とは完全に分離していなかった。聴取者は、みずからの内面で音楽を楽しみ、また演奏者に対して拍手や手拍子などのアクチュアルな行動を示す。演奏者も、見知りあいである聴取者をつねに意識しながら演奏する。その結果、聴取者の存在は、その場を成立させる重要な役割を担っていた。
 ところが、舞台やマスコミュニケーションにおいて演奏される楽曲は、演奏に特殊な技能を要したり、職業的な演奏家によって演奏されるものがほとんどであり、人々にとってそうした音楽は、一方的に聴取するだけのものであった。人々が演奏する機会はごく限られており、その演奏も周知の演奏と比較して不完全であるといわざるをえないものであった。人々は、口ずさむ程度の演奏行動はおこなっても、聴取者に聴かせるために演奏することはなかった。「かくし芸大会」といった特別な場合においてのみ演奏する機会があたえられていた。
 こうした演奏者と聴取者との分離は、マスコミュニケーションの普及によって、ますます進行した。同じ場に居合わせない両者は、音や映像の情報という情報の一方的な流れによってのみ結ばれている。聴取者は、どのような状況で、どのような態度で聴取していようとも、そのことを問われることはない。複製技術による音楽の再生では、聴取者の存在や行動が演奏者に直接影響することはない。しかも、レコードや放送によって、聴取者は、レコードという商品を購入し、ジュークボックスにコインを投入するという行動によって、あたかも商品を消費するように演奏を聴取するようになる。
 ところがカラオケの普及によって、基本的には聴取の側にいた人々が、演奏する側に回った。職業的な演奏による伴奏にあわせて歌えば、その歌声は、伴奏とミキシングされた音として聴くことができる。この際、歌唱者の演奏技術はさほど問題とはならない。聴取者と歌唱者とが、容易に交代可能な状況になった点においては、カラオケ以前のコミュニティーにおける音楽と同様である。ただし、演奏される楽曲が、マスコミュニケーションとして流通しているものに限定されている点において、状況がもとに戻ったとはいえない。
 これまで、人前で歌うことを嫌い、あるいは限定された仲間どうしではおおいに歌っていた人々が、カラオケという機械さえあれば、あらゆるシチュエーションにおいて、人前で歌うことをはばからなくなったことは、大衆音楽史を語る上では見のがすことのできない重要な変化である。つまり、大衆レベルの人々の根本的な、あるいは集団としての音楽的な感性が変化しているのである。

 次に、あらかじめ録音された演奏にあわせたカラオケの歌唱行動について。
 あらかじめ録音された伴奏に合わせて歌うというカラオケによる演奏は、複製技術を存在の前提としている。演奏者にとって、自分の演奏に合わせようとはしない伴奏に合わせて演奏するという体験は、複製技術によるまでは、ありえなかった。
 音楽の演奏において、演奏者が複数存在する場合には、演奏者相互に意志を疎通させる必要があった。ある楽曲を演奏する場合、それぞれの演奏者は、あらかじめ与えられている役割にしたがっているだけではなく、演奏全体の進行をつねに予期している。他の演奏者の演奏を聴取しながら演奏しなければ、楽曲は統一された演奏として進行しない。
 ところが、カラオケにおいては、伴奏部分の演奏は、あらかじめ録音されたものであり、カラオケ自体が歌唱者の行動にあわせることはありえない。歌唱者は、一方的に伴奏にあわせるなければならない。生の演奏においては演奏の中心的な役割を担っていた歌唱者が、カラオケにおいては、従属的な役割を担わされている。

 カラオケといった装置を音楽学の研究対象とすることは、これまで、あまりなされていない。また、さまざまな状況で利用されるカラオケを、ひとくくりにして考察することに問題がないわけではない。しかし、ここまでの考察においても、カラオケという装置そのものがもつ人々への影響力は、大きなものであるといわざるをえない。音楽体験がどうのようなメディアによっておこなわれるかという問題は、その音楽体験そのものにとって、決して小さなものではない。カラオケは、その誕生以前には存在しなかった形態の演奏行動と、より積極的に場を形成する聴取行動とを人々に要求するようになったのである。ここには、ある新しいテクノロジーそのものがもたらした新しい環境の問題が、そのテクノロジーの社会における役割の問題の上に、重層的に存在している。

  第3節   日本におけるカラオケの小史と研究の動向

 カラオケが現在のように老若男女の娯楽になったのは、そう古いことではない。1987年頃から現在にいたる大規模な流行は、カラオケ業界では「第3次ブーム」と呼ばれており(1)、歌詞をテレビ画面で表示する方式と、ボックスタイプの普及によって、性や年齢に関係ない広い範囲にまで普及したとされる。
 カラオケは、1972年に誕生したとされるが、諸説あり、どれが一番初めであるかを特定することは難しい(2)。ただし、ここで注目されるのは、カラオケ的な装置を発明している複数の事例が、ある限られた時期に、各地でそれぞれにあることである。カラオケは、技術的にはそう複雑なものではないので、「発明者」が複数存在しても不思議ではないが、しろうとにも歌いやすい伴奏を数多く用意し、さまざまな機能を使いやすく統合させてカラオケが発明された背景では、社会あるいは人々の音楽体験をめぐる状況がカラオケの誕生を要求していたといえるであろう。
 1976年頃に、都市部の盛り場を中心に、カラオケが全国的に流行する。しかし、用意されている曲も「演歌」が中心であり、中年男性がお酒をのむ店で大声をあげて歌うというのが、この「第1次ブーム」におけるカラオケの基本的なスタイルである。
 1978年に家庭用のカラオケが発売されて、人前で歌う前に練習用として買われたが、すでにカラオケを知っていた都市部だけでなく、地方の家庭にもカラオケが普及していく。家庭用のカラオケの出荷台数がピークをむかえる1983年が「第2次ブーム」と呼ばれる。カラオケは、家庭における宴会などで用いられ、女性や子供にまで利用者を拡大する。
 カラオケが都市部の盛り場において中年男性にのみ用いられたり、あるいは、家庭用のカラオケがある程度普及した段階では、カラオケの使用者は、ある一定の人々に限定されていた。しかし、1986年に岡山県で始まったコンテナを利用したカラオケは、数年のあいだに「カラオケボックス」として全国に普及し「第3次ブーム」をひきおこす。空き地に簡単に設置できる「コンテナ型」は、地方都市や、都市近郊に次々に作られた。初めは防音のための小規模な密室として注目されたのであるが、やがて、気心の知れた仲間だけで楽しめるカラオケの場所として都市部の若者や主婦に人気を集めた。やがて、通常の建物の中に、小さな防音の部屋を用意するという「ルーム型」として、盛り場にも進出してきた。こうして、カラオケは、カラオケの使用者の幅を大きく広げ、現在では、娯楽として広く定着している。利用者層の拡大の原因としては、用意されている曲のジャンルの多様さや、機械が設置される場所が多様化したことなど、カラオケを取り扱う営業の側の努力もあげることができるが、テレビモニターを使った歌詞の提示によって、カラオケに対するイメージが変化し、自己表現をともなう簡便で明るい娯楽として位置づけられるようになったためであるとも考えられる。

 ポピュラー音楽の学術的な研究において、カラオケがとりあげられることは、これまでほとんどなかった(例外として佐藤ほか 1979 など)。盛り場の風俗としてマスコミではしばしば話題にされ、外国においても閉鎖的な日本人サラリーマン社会を象徴する事例としてとりあげられる程度であった。また、外国の研究者が日本社会を分析する手法として、カラオケを取り上げる例がある(Kelly 1991,Macow 1991)。学際的な研究を標榜するポピュラー音楽学会では、1990年から、例会や全国大会において、カラオケそのものをテーマとするシンポジウムなどをくりかえしてきた(3)。この論文では、そうした研究成果をふまえながら、これまであまりとりあげられなかったカラオケの音楽体験のありかたを歌唱者を中心に考察する。


槙田 盤『テクノロジーへの依存による音楽体験の変容』(1992)
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A Study of KARAOKE [1]
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