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槙田 盤『テクノロジーへの依存による音楽体験の変容』(1992)
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 註

   *註の番号は、本文の該当個所にリンクしてあります。

 こうした時期区分は、カラオケ業界では一般的におこなわれている。ここでは、クラリオン 1991 を参照にしながら、筆者が独自に区分している。
 W.Kelly は、何人もカラオケの発明者であると自称する人がいるとして、3人の事例をあげている(Kelly 1991)。ポピュラー音楽学会では、1990年3月21日の関西地区例会において三井徹が1971年頃の能登半島での事例を、1991年の全国大会において小川博司がイギリスでの事例を報告している(小川 1991 参照)。飛矢久良は、みずからがカラオケを商品化した顛末を執筆している(飛矢 1991)。神戸新聞は、Kelly も取り上げている一人である井上大佑を「元祖」であるとしている(神戸新聞 1991)。井上は、1991年のポピュラー音楽学会全国大会にパネリストとして参加している。
ポピュラー音楽学会はこれまでおこなったカラオケに関するシンポジウムは次のとおり。

 現代”カラオケ”考−学際的接近の試み−/関西地区例会1990.3.21.
 現代”カラオケ”考−PART II 利用者を中心に−/関西地区例会1990.9.15.
 カラオケ/全国大会1990.11.11
 テクノロジーと音楽−「日本」を越えたカラオケをめぐって/全国大会1991.11.23.)

 佐々木健一は、『せりふの構造』のなかで、演劇におけるコミュニケーションを「内世界的コミュニケーション」と「芸術的コミュニケーション」の重層構造だとしている。
今、P によって登場人物を、Sp によって観客を示し、分布主義的言語学から発想を得て図式化すれば、次のようになる。

  [ <P1-P2> -Sp ]

内側の <-> は劇中人物同士の内世界的コミュニケーションを表わし、外側の [-] は劇世界と観客との間の芸術的コミュニケーションを表わす。 (p.253)

演奏者どうしのコミュニケーションによって音楽が成立し、それを聴取者が聞くという音楽における構造は、佐々木の演劇における構造と類似している。
 木村敏は、理想的な段階における合奏では、音楽は、各演奏者の「あいだ」に成立しているが、この「あいだ」には、明瞭なノエシス的自己帰属感がともなっていると説明している(木村 1988:33-34)
 自分の姿は、鏡などによってある程度客観的にみることができるのに対して、自分の声は、みずからが発声しているときに聞こえる声と、実際に聞こえている声とは、大きな違いがあり、そうした客観的な聞こえかたは、複製技術を利用しなければ自分で確認できない。声は、自分の記録と記憶との差異があまりにも大きいので、かえって記録されにくいとも考えられる。予測になるが、家庭用ビデオカメラの普及は、自分の声の記録に対する人々の心理的な抵抗をやわらげるのではないか。
 北山修は、複製技術時代の流行歌は「特定の歌手の特定の演奏による特定の歌」の流行であるとする(北山 1981:41)。
 たとえば、ルカイ族の首狩の前の合唱(小泉 1984)。
 前川陽郁は、音楽の非伝達性を主張しながらも、声楽における音楽と言葉との関係を考察するなかで、「言語の場合とは違って、自分という重心を確保した上で他のものと関わることができ、その点に関する限りでは、音楽は言語にはない強さで人間同士を結び付ける働きを持っていると言うこともできる。」と述べている(前川 1991:121)。
10
 小川博司によると、イギリスにおけるカラオケの流行の背景には、パブで人々が日常的に歌う伝統があるらしい(小川 1991)。日本のカラオケに同様の背景を探るとすると、庶民的な宴会か、あるいはハイクラスのお座敷などにゆきつく。
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 1990年のポピュラー音楽学会における中村とうようの指摘。なお、同様の主旨の文章が IASPM-Japan 1991:25 にある。原文は次のとおり。
Karaoke ,originary a trade jardon used by recording engineers in the music business,is a taped performance of orchestral accompaniment minus vocals (kara means "empty"and oke"orchestra",and hence " an orchestra without voice").
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 新しい機械が、その使用方法とともに一般化する際に、その名前のもつイメージは、重大なものではないか。カラオケの場合、業界用語をそのまま一般に対して使うことには多少の抵抗があったものの「いい名前が出てこな」かったからそのまま使うようになったらしい(飛矢 1991:17-18)。カラオケという言葉そのものが、そのサブカルチャー的な特徴を端的にあらわしている。ところが、非日本語圏では、言葉のイメージは変わってくる。イギリスのカラオケ業者は、Sing -Along-Machine と呼ばれていたものを、1980年に KARAOKE に名称変更してる。その「新しい」語感によって、若い人にも浸透しつつあるという(小川 1991)。ここでは、日本語的な語感としてプラスイメージをもたれている。その裏には、日本そのものに対するイメージがあることはいうまでもない。同様の事例が、日本発の世界商品となった携帯用テープ再生デッキ「ウォークマン」である。英語の文法としてはまちがったものであり、海外では別の名前で発売されていたにも関わらず、10ヶ月のちに全世界で「ウォークマン」に統一した経歴がある(黒木 1990:68-71 参照)。日本的な誤法を世界に押しつけることによって、「ウォークマン」は、海外でも日本のイメージをたもっている。
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 テイチクの社員の証言として次のような記述がある(雑喉 1983:288)。
「昭和四十七年ごろでしたね。カラオケは新人歌手が新曲を全国キャンペーンするための機械として、専門メーカーによって盛んに開発されていたんです。伴奏楽団を同行させる費用の節約になるから、歓迎されたものです。」
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 それだけ、歌唱者の存在が重要視されるからでもあろう。このことは、歌までも、すでに録音されたものにあわせて、歌うふりだけをするという「クチパク」がもつマイナスイメージからも推察できる。
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 渡辺裕は、1920年代の自動ピアノのオーケストラとの競演によるコンチェルトの演奏について、「カラオケを引っくり返したようなもの」だとしている(渡辺 1989:100)。この事例では、独奏者が演奏のイニシアチブをにぎっている点において、従来の独奏者とオーケストラとの関係は変わっていない。渡辺の言葉は、むしろ、カラオケのあり方が、コンチェルトにおけるその関係を「引っくり返した」ものであることを示しているといえよう。
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 加藤秀俊は、ラジオ放送初期には、マイクに対して話すことを拒否した事例を紹介している(加藤 1965)。
ある落後家は、こんなものを相手にしちゃあ、ハナシができねえや、人間を連れてこいと居直った。 ある学者は、マイクを見たとたんに、こんなへんてこなものにむかってマジメに話はできぬ、と憤然として帰っていってしまった。
話者は、自分の話を聞いて反応する相手を必要とした。しかし、メディアの普及によって、こうした関係性がなくとも話すことができるようになり、むしろ、マイクのほうが生身の人間よりも”すぐれた”聞き手であるという意識さえ生まれるようになった。粉川哲夫による次の指摘は、註27で引用した実験の結果として彼自身が感じたことである(粉川 1982:31)
この一連の実験を通して明瞭化したことなのであるが、テープレコーダーのマイクに向かってしゃべるということは、生身の他者に向かって話しかけるよりも−−それがたとえ衆人環視の下であっても気楽であり、人によってははじめは大いに抵抗があっても、じきに苦痛でなくなり、ときには陶酔感すら与えるようになるということである。これは、われわれの中に、テープレコーダーは生身の他者よりもはるかに”すぐれた”聞き手なのだという信仰がつくられてしまっているのでなければ不可能なことではなかろうか? 
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 カラオケによる歌唱者が、手持ちのマイクによって歌唱者たりうることは、小川博司によって指摘されている(小川 1990)。
 ハンドマイクは、歌手にとって初めは異物であるが、ひとたび手にとって歌い始めれば身体の一部となってしまう。よくマイクを持つと人が変わるなどと言われるが、その通りなのであって、マイクを持った瞬間から人間が「マイク=人間」になるのである。スタンドマイクでは、「マイク=人間」にはなれない。スタンドマイクでは、人間はあくまでも「人間」対「マイク」として、「マイク」に立ち向かう。このスタンドマイクでも歌えるのがプロの歌手であった。  ハンドマイクでは、素人でも容易に「マイク=人間」へと変身することができる。自分は音痴であると自覚し、楽譜も読めないし、楽器も弾けないという音楽コンプレックスのかたまりで、人前で一人で歌うとこなど思いもよらなかった、「昭和一桁世代」にとって、ハンドマイクは魔法の杖だった。それを握るだけで「マイク=人間」へと変身し、歌えてしまうのだから。おまけにエコーがかかり、自分の声ではないように聞こえる。
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 1990年9月15日のポピュラー音楽学会関西地区例会における北川純子の発表「若者にとっての演歌」による。
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 しかし、一方では、ポピュラー音楽において、カラオケで歌われることを強く意識して作られているらしい楽曲が増えていることはたしかである。この傾向が、ポピュラー音楽全般にとって好ましいものであるかどうかを判断するためには、まだこれからの推移を見つめる必要がある。北川純子は、事例をあげながら、80年代末の流行歌の「少なくとも一部の歌は、準拠枠としてのカラオケを要求するようなつくりをもっ」いるとしている(北川 1990)。こうした傾向は、ますます進行し、カラオケであっても歌いにくいメロディー進行の楽曲が流行する例も見受けられる。(たとえば、飛鳥涼作詞・作曲 CHAGE&ASKA歌の<SAY YES>などがそうである。 )
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 カラオケにおいて、歌詞を替えて歌うことが期待されている「定型化された替歌」は存在する。そこでは、歌唱者の意図や即興性はほとんど見られない。
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 こうした錯覚を粉川哲夫は、カラオケを事例に指摘している(粉川 1982:29)。
テープレコーダーやVTRにしても、どう組みかえたところでその構造は変わりようのないプログラムをたんに技術的・ハードウェア的なレベルでだけ”自由”に組みかえさせて、使用者を−まさにカラオケにおける−エセ・プログラミングの快感のなかにつかのま”解放”するだけの支配装置の機能をはたしてしまう。

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 歌詞のスライドを用意してしてみせていた例が、三井徹によって報告されている。また、ビニールカバーの中に、入れ替えできる歌詞カードを挿入する方法は、特許申請されているらしい(ポピュラー音楽学会関西地区例会1990年3月)。
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 テレビの映像として映っていないところに歌詞などを提示しているのかもしれないが、そうでないように演出されていることが重要なのであって、そうであったとしても、ここでは問題にならない。
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 富岡多恵子は、カラオケが普及するよりも前に、人々が歌詞を最後まで歌いたがる傾向を持っていることを報告している(富岡 1972:120-121.)
 酒場などでもマイクロフォンを用意してお客に歌わせるようにしてあるところがかなりある。またそうでないところでも、お客がうたい出すと催促されるのか、流行歌集というようなものを用意しているところがある。だれかがうたう、ところがメロディーはよく知っていてもその歌詞を全部覚えていない。たいていはうろ覚えである。しかし、たいてい、きまってその歌の歌詞を全部うたいたくなる。メロディーだけでは我慢できないのだ。
 そこでだれかが歌謡曲集をとり出すか、だれかが歌詞を教えて書いてやったりする。するとみんなは安心して、その歌詞にむらがり、大声で、一斉にバラバラにうたい出すのだ。まったく勝手気侭に、だれとも声を合わせることもなく、アンサンブルなんてとんでもないという風情でみんながたったひとりで、しかもひとつのとりとめもない、たいした意味もない歌詞を三番四番と正確にうたわないと安心できないし、うたった気にならないのである。これはなんということなのであろう。
 だれかがうたい出す。するとだれかがその声に低いか高いかで合わせる。それがひろがってやがてハーモニーが生れる。或はだれかがピアノかギターをひく。するとだれかがそれに合わせてハミングし、まただれかがそのハミングにハミングを合わせる。こういう風景はよく外国の映画などでは見かけるし、また最近は、ごく若い一部のひとたちの間では見られることかもしてない。しかし、おおかたの平均的日本人が歌謡曲を歌う場合は、バラバラの孤独な陶酔である。
 歌詞だけ読むとつまらぬといい、それをわざわざ暗唱しようなどというひとはいないのに、自分がうたうとなるとそれなしにはうたえない。ということは、メロディーはリズムのためよりも、そこにある歌のコトバを自分に語るための手段でしかないということになる。いや、歌のコトバもそれを自分に語るというより、そのコトバを端になにかを語るメディアにすぎぬのかもしれない。歌は、フシのついた語りであり、ただそれが急に自分で自分のコトバが出てこぬものだから、仮につくってそこにあるコトバが必要なのである。勿論、いいコトバなら、うたうひともそのコトバにも酔っている。
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 南博は、カラオケに、日本人の研究熱心さと完全主義的傾向を見いだしている(南 1983:144)。
 このような隠し芸の競演は、口述の声色や物まねとも結びつき、またカラオケが盛んになる一つのきっかけとなった。ここでもうまくうたうための研究心と完全主義がはたらいている。

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 カラオケによって、日本のポピュラー音楽にも「スタンダード」が生まれたともいわれる。しかし、ここでの論議の上でいうと、カラオケからは、特定の歌唱の模倣は存在するが、それは「スタンダード化」とは呼べない。
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 こうしてプログラミングされた一定の枠の中での自由を提供するシステム一般を、粉川哲夫は支配装置であるとし、そこで自由が与えられたとしても、結果的には、装置のプログラムの安易な模倣になる傾向が強いとしている(粉川 1982:29)。
 プログラムが独占されているためにわれわれの身近なハードウェアの機能がいかに矮小化されてしまっているか、またその逆に、プログラムが使用者の掌中にもどるとき、そのハードウェアがいかにゆたかな可能性を発揮するかについて、わたしは最近、おもしろい体験をした。非常勤で行っているある大学でガダリやエンツェンスベルガーのメディア論の議論に端を発して、わたしを含めた参加者の一人一人がカセット・テープレコーダーを使って”番組(プログラム)”を製作する試みを行なったのである。最終的に一〇〇本以上集まったテープをきいてみて言えることは、われわれが意識的・無意識的に既成のラジオ番組−とりわけディスクジョッキー−のプログラムの影響を受けており、マイクに向かうとそれを模倣しがちだということだ。

28
 南博は、日本人に物まねを追究しようとする傾向は、江戸時代の中期以降、町人文化の中で盛んになり、今日カラオケなどによって一層盛んになっているとしている(南 1983:147-148)。加藤秀俊も、カラオケなどにみられるような芸術におけるアマチュア精神は、徳川時代にさかのぼるとしている(Kato 1989:303)。
29
 中根一眞によって命名された「変体少女文字」は、こうした自己演出のひとつの事例としてあげることができる(中根 1989)。「丸文字」「マンガ文字」とも呼ばれるこの文字の書きかたは、1974年に誕生し、1978年に普及開始したという。本来ならば一般性が求められる共通の様式である文字の書きかたが、ある特定の関係の公式でない場所を中心にくずされる。そのくずしかたが、ひとつの様式として同世代あるいは同じ価値観をもつ集団のあいだにひろく共通の知識となる。その結果、書き手は、「文字の正しい書きかた」からは逸脱し差異化しながらも、みずからの個性は微少なものになる。こうして既存の文字の様式が否定され、新たに再編成されたのが変体少女文字の様式であると考えられる。  文字は、他人に読まれることを前提に書かれる。だからこそ、規格の標準化が進められるのだが、利用者によって装飾されることによって、意味内容の伝達よりも、文字が装飾されていることが、重要なメッセージになる。標準化された方法によって装飾されることによって、文字は、不特定多数に見られるためのものになる。(変体少女文字が「見られる」ことを意識した手書き文字であることは、大塚英志も指摘している(大塚 1989)。)それが、たとえ特定の読者しか対象にしていない文章であっても、不特定多数を対象とした記述方法が使用される。この、状況にかかわりなく、不特定多数・マスメディアを指向する自己演出されたコミュニケーション行動は、カラオケにも共通している。
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 西村清和は、遊びの独自性を「模倣・で・遊ぶ」点であるとする(西村 1989)。
31
 梶本学は、こうした自己演出能力を「アイドル能力」と呼び、1983年頃にしろうとにも備わったとしている(稲増 1989:34-37)。
32
 ここでは、アイドルと呼ばれる歌手のことを想定している。アイドルの「つくられかた」については、稲増 1989 にくわしい。大塚英志は、アイドルが芸能界という「虚像」の世界の存在であったとしている(大塚 1987)。アイドルに限らず、マスメディアで見られるすべての人々が、なんらかの形で演出されているかのように感じられる。
33
 G.グールドのように、生演奏を拒否し、レコードのみで演奏活動をおこなう演奏者もあらわれた。また、ディスコでもレコードの再生に「のって」身体行動をおこなう。「ノリ」については、藤田 1988,小川 1988 にくわしい。
34
 粉川哲夫は、失われた人間関係をテクノロジーが疑似的に代行している典型的な事例として、カラオケをとりあげている(粉川 1982:22-23)。
 この点で、カラオケほど今日の日本の社会・文化状況を象徴している装置はないのではあるまいか? それを使う者は、実際上あやつり人形として機能するわけだが、少なくとも心理的には、歌うという−−つまり何かを能動的に表現するという−−”疑似イベント”にひたることができるという意味で、ここにはナルシシズムの積極的な利用がある。が、カラオケが爆発的に普及したのは、歌のへたな者でも何とか歌うという体裁を保ち、歌うということの自己満足を与えられるというだけからではなく、かつては−−たとえへたであれ−−一人一人が肉声で歌をきかせあうことによって親密さを増すことができたような集団生が崩壊しつつあるからである。カラオケのマイクを握る者は、肉声の場合のように決して他人に向かって歌いかけるのではなく、むしろ自分に向かって、そしてテープにセットされた音楽のレコードに向かって歌うのである。つまりカラオケで歌うということは、集団への帰属や連帯よりもナルシシズム的な孤独の快感へ没入させるのであり、その意味において、カラオケで維持される宴会や酒席とは、すでにナルシシズム的な個々人の偶然的な集合でしかなくなりつつある日本的集団性の形骸だけを、エレクトロニクスによってシミュレート(人工的に模造)したものなのである。

35
木村敏のいう「生命一般の根拠とのつながり」(木村 1988:4)が、たちきられているのである。木村 1982 も参照。

槙田 盤『テクノロジーへの依存による音楽体験の変容』(1992)
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A Study of KARAOKE [notes]
upload by MAKITA Van at 21 Jan. 1996
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