モーツァルトのハーモニーを日本語で聴いて笑う幸せ
槙田 盤
発行年月: 20070120
掲載 : 京都芸術センター通信「明倫art」Vol.81 2007年2月号 音楽レビュー
発行元 : 京都芸術センター
モーツァルトのハーモニーを日本語で聴いて笑う幸せ
こんにゃく座「フィガロの結婚 モーツァルト・エキゾチカ」
2006年12月17日 京都府長岡京記念文化会館
モーツァルトイヤーももう終わり、オペラシアターこんにゃく座の「フィガロの結婚」が、ようやく関西にやってきた。このカンパニーは、学校公演などを数多くおこなっているようだが、こちらでふつうに見ることのできる公演は年に1回あるかどうかだから、関西中のファンが長岡京に集まることになる。日本語の歌詞、ほぼピアノだけの伴奏で、小劇場系のノリでモーツァルトの傑作を見事に構築した。
舞台は船の甲板のようなシンプルなもので、楽団はピアノと木管3人バイオリン1人とティンパニが横に控える。最初の超有名な序曲は、無伴奏での早口闊達な合唱で度肝を抜かせる。おなじみのアリアが次々と日本語で歌われるのを分析的な頭で聴いていると、歌詞の意味はこうだったのか、とか、日本語にするとイメージ違うなぁなどと感じるが、そのうち物語に没入してしまった。下心丸みえの伯爵、それをぎゃふんといわせようとする駆け引き、隠れているのがばれそうでハラハラ、一挙手一頭足に笑い、どきどきしっぱなしであった。こんにゃく座においては、オペラは音楽だけを聴くものではなく、劇の世界を生きている役者がいて、その物語に吸い込まれる。すばらしいメロディーを歌っていても、客席が大笑いになるのがすばらしい。
オペラを聴いていて疎外感を感じるのは、複数の歌手がそれぞれに違う気持ちを歌ってハーモニーになっているのに、そのイタリア語の意味が分からないから音楽としてしか楽しめない、といったときだ。しかしこんにゃく座の公演は日本語だから、重唱されるメロディーと歌詞の意味を、それぞれリアルタイムに楽しむことができる。ドイツ人だってイタリア語は分からないだろうから同様の疎外感があると思っていたが、ドイツ語で歌われる「魔笛」のときだけは、劇場のロビーに子どもがあふれている。しかし、日本人にはこんにゃく座があるではないか、という気分だ。てんでバラバラに人間臭い登場人物が別々の思いを歌っているのに、そこにひとつの美しい音楽の世界が立ち現れる。250年前にモーツァルトが生まれたことをあらためて感謝しなければなるまい。
まきた ばん/(株)シィー・ディー・アイ主任研究員、音楽学者
文化事業企画・調査・研究に携わる。「のだめカンタービレ」(フジテレビ系列10〜12月放送)は、演奏そのものにも細かい工夫があって楽しめた。「下北サンデーズ」(テレビ朝日系列7〜9月放送)よりも、表現ジャンルそのものの魅力をうまく伝えている。あそこまで戯画化されるとホントに伝わっているのか心配になるが。
槙田盤 MAKITA Van