認知心理学としてのデザインに関する自分史的考察
槙田 盤
提出年月: 20080519
(神戸大学大学院博士後期課程 デザイン史特論IIレポートとして提出)
ドナルド・A・ノーマン『誰のためのデザイン?』(野島久雄訳 新曜社 1990年 原著発行1988年)に出会ったのは、ちょうどこの本が出版された同じ年、神戸大学の大学院(教育学研究科・修士課程)に進学した1990年であった。当時、音楽および音楽教育の課題としての認知心理学へのアプローチとして、柳生力先生の講義において、音楽の構造の認知、あるいは楽器の演奏についての身体的動作と表現される音、およびそこで表現したいと考えている音楽との関係について考えるための学問的基礎を学ぼうとしていた。しかし、この本によって、より広い分野において、デザインという概念が有効であること、そして主としてコンピュータの利用が拡張する中で、今後大きな社会的テーマとなることを予感していた。それから約20年、この課題について、業務の中でどのように考え、また、プライベートにおいても、どのように取り組んできたのかを、自分史的に振り返りながら、デザイン概念の有効性について考察したい。
(水道蛇口の「上吐水」)
レバー1本で水を出したり止めたりする水道の蛇口がある。日本では、下に下げると水が出る「下吐水」(TOTO製の多くが採用していた)が多くあったが、国際的には逆の「上吐水」が一般的であり、阪神大震災の際に物が上から落ちてきて勝手に開栓状態になったケースがあったということから、TOTO製も上吐水に切り替わりつつある。そのため、日本においては、公共的なトイレであっても、二種類のケースが混在している状況にある。
認知心理学における「暗黙知」として、「水を出す」という行為をどのように認識し、それを頭の中でモデル化しているか、ということが、道具をデザインする上での問題となる。わたしが水道栓に対して持っている理解のモデルは、いわば用水路における塞き止め板である。ふだん、水道栓は水をせき止めているものであり、それを使うときだけ栓をゆるめてスキマをあけてやると、その広さだけの水量で出てくる。そして、その上下運動を、昔ながらの水道栓では、ネジまわしを回転させるように動かして実現する。すなわち、上から見て反時計回りで回すとネジがゆるんで、水路を遮断するように締め付けているコマが上昇して開き、水が出てくる。この開栓動作をレバーでするとなると、その運動方向は上としか考えられない。
しかし、とある研究会で今から7年前にこの話をしたとき(社団法人現代風俗研究会 2001年度第1回研究例会 2001年1月20日)には、下に下げると水が出る、というほうが自然だと考える人が少なからずいた。これは、水を出すと下へ落ちるのだから、そのイメージをレバー動作のデザインに反映させたものである。この下吐水の場合、利用者のイメージは、水の流れそのものに寄り添う形でモデル化されている。上吐水は、上記のイメージに従うと、流れをせき止めている水道栓の側に立っている。人間が動作を与えるのは道具、機械であるのだから、その機械の動きをイメージするほうが素直なのだと私は考える。人間によって動きを変化させる対象(この場合は水の流れ)と一体化する、というのは、かえって不自然に感じる。
日本における混乱は、震災後、徐々に収束しつつあるようだが、海外旅行などに出ると、無意識に常識だと思っているデザインが通用しないことは多くある。機械の構造がデザインに反映されていると推察するのが原則であろうし、昔は機械の構造や技術的制約から、動作を任意に設定することは困難、高コストであったであろう。しかし、動作そのものがコンピュータ制御が多くなり、恣意的な設定ができるようになればなるほど、デザインへの深い理解や考察が求められるようになっている。今後もこの傾向はますます強くなるであろうと感じている。
(訳者・野島久雄)
この本の訳者である野島久雄とは、2003年に直接話す機会ができたが、そのときには、この本の訳者であることには気がつかなかった。当時、彼は、NTT マイクロシステムインテグレーション研究所に所属し、ユビキタスインタフェース研究部という部署で、家庭の中にあるすべてのモノにICタグを埋め込むとどうなるのか、という技術的な開発と同時に、その背景にある「モノに関わる人間の持つ記憶、思い出」ということをテーマとし、わたしが所属するシンクタンクCDIの「生活財生態学」という調査について、話を聞きにきていた。生活財生態学プロジェクトは、日本の家庭に保有されている生活財すべてを、サンプル家庭における所有利用状態を調査するもので、国立民族学博物館の佐藤浩司による企画展示「ソウルスタイル」でもこの調査手法が援用されていた。人が所有するモノにはすべて、そこに存在するに至る物語があり、その使い方や配置は、意図的で有る無しに関わらずデザインされたものであるといえる。その後、野島は「思い出工学」の研究を続け、2005年からは成城大学教授として研究を続けている。
その後、2004年3月のNTTシンポジウム「思い出工学」に、わたしも参加することができた。そこでは、自分の視線が見ているのと同じ風景を動画で記録し続けるビデオカメラを身につけて生活する実験の紹介や、自分の物に関わる思い出をいかに保存するか、といったことについての研究報告がおこなわれた。また、最近では、2008年3月末まで朝日新聞の日曜版で野島が「人と物の心理学」という連載をしており、その中で、映像などのデジタル記録の規格が次々と更新されてしまうため、少し前の情報にアクセスできなくなるという問題点を指摘していた。
『誰のためのデザイン?』から「思い出工学」に至るまで、野島の問題意識がデザインの問題として連続しているのは、無意識に前提条件としていたり、記憶していることがらに、現在の人間の行動や発想がいかに影響をうけているか、という点にあるであろう。
(コミュニケーション・デザイン)
わたしが14年間勤務したシンクタンクCDIとは、 Communication Design Institute の略であるが、コミュニケーションとデザインの研究をしていたわけではなかった。1970年創立に深く関わり、その後も交代で所長を務めた2人(社会学者でありコミュニケーション論の第一人者である加藤秀俊と、建築評論家としてデザイン論を展開していた川添登)それぞれの専門分野を併記しただけだと言われることもあったが、命名の趣旨としては、「コミュニケーションをデザインする」ことによって多様な課題に応えるシンクタンクであろうとする意思表明であったのであろうと推察している。
わたしの担当した業務のうち、もっともデザインについて直接関係の深いテーマであったのは北九州市役所からの委託で基本計画を策定し、展示や施設のコンセプトを検討した「(仮称)北九州市産業技術博物館」(2002-2003年度)であった。八幡製鉄所の東田第一高炉の横に立地させる科学系博物館でありながら、歴史を顕彰するだけでなく、未来志向で「技術革新」をテーマとする博物館をめざすものであったため、技術的制約を打破する斬新な発想、創造性を誘発するようなデザインとなるべく努力を重ねた。検討を重ね、多様な意見を集約した結果、西洋から文明を輸入した近代100年だけでなく、それ以前からの日本人の知恵にも思いを馳せるために和風の建築様式、庭園を取り入れ、入り口を入って正面にはガラス越しに高炉と相対するようにし、工房部分には歴史的なレンガ造りの工場建築の要素を、展示部分は環境に配慮した最新技術を取り入れる計画を練り上げた。また、八幡製鉄所全体のレイアウトが、ドイツの製鉄所のレイアウトを模して、標高が高い南側から海岸線に近い北側に向かって原材料が加工されて製品を作っていくという構成になっていたため、その東西に平行に並んでいた建築物の軸線にあわせるとともに、再開発で周辺建造物が採用している軸線も採用し、この博物館で軸線が交差させ、過去と未来とを結びつける役割をも体現しようとした。こうしたコンセプトの検討にあたっての基礎的な調査や、そこでお世話になった方々との関係を大切にし、多くの関係者が集まり活用する施設となるように、プレイベントや調査研究などの事業を継続しておこない、人的なネットワークを戦略的に構築することを提案した。この博物館構想のさらなる具体化を直接担当することはなかったため、その後の経緯は不明であるが、2007年4月に開館した「北九州イノベーションギャラリー(北九州産業技術保存継承センター)」においては、曲線を描く鉄骨と三角形のガラスで構成された楕円の円筒形の単一建物が、高炉と平行に建てられるものとなっている。
設計事務所やゼネコンとの関係を持たない独立したシンクタンクであったため、施設計画においては、プロジェクトを立ち上げて具体化する基礎的なコンセプトを担当するが、ある段階からあとは手を離れてしまい、考えてきたことが実現しないことも多くあった。また、ソフトウェアとしての事業などについて提案したことは、行政の側の担当者や実質的な責任者がかわることによって継承されないことが多かった。コミュニケーション・デザインの重要性への理解は、プロジェクト単位だけでなく、自治体やそのほかの社会組織において、まだ十分に浸透していない状態であるといわざるをえない。
(使いやすいデザインから使って楽しいデザインへ)
1990年当時、柳生力先生の音楽教育から認知心理学へ関心をもたれたテーマの一つは、教材となる楽曲や、<楽器自体の指導力>であった。小学生が手にするプラスチックのリコーダーであっても、その元となる楽器が改良されてきた歴史を踏まえているため、その理想的な演奏を実現するために楽器はデザインされており、リコーダーに深く接し創造的に遊ぶことによって、その音楽の本質的な理解に導かれる、というのである。どうすれば美しい音が出るのか、いろいろ演奏者として試しているうちに、もっとも出したい音でリコーダーが鳴ったとき、楽器の歴史的な様式観を理解し、演奏する能力を身につけることになる、というのだ。楽器のデザインに、また、その楽器のために作曲されている曲の「デザイン」に、そこで表現すべき美的な感性が投影されている、ということの重要性を、柳生先生は教育実践を通じて気がついておられた。この理論をデザインの側から考えると、すぐれたデザインは、自然な、より心地よい利用方法へのガイドとなっている
また柳生先生は、ピアノの製造においても、ヤマハやカワイは、技術的には世界最高水準レベルに到達しているが、その技術をどう活かしてどのような音を出すために楽器をチューンナップするのか、という技術者の美的な感性のところが、本場のピアノとは違うところであり、それが楽器会社や技術者の個性となるものだとおっしゃっておられた。技術的なレベルをあげても超えられないレベルがある、ということが、この場合は、芸術という価値観が最重視される楽器の製造というところで先鋭的に現れているのであるが、同様の課題は様々な場面で広く求められるものであろう。
本考察を進めるにあたり、20年前の問題意識から自分の経験を語るだけでなく、研究分野、とりわけ『誰のためのデザイン?』の著者であるノーマンの著作の展開を検証してみたところ、興味深い共振関係があることがわかった。ノーマンは、『エモーショナル・デザイン 微笑みを誘うモノたちのために』(岡本明ほか訳 新曜社 2004年 原著発行も2004年)の中で、『誰のためのデザイン?』を執筆した時には情動(emotion)について考慮していなかったと記している(p.9)。1980年代には、使いづらい、悪いデザインに対して、安全で、間違えにくい、機能的なデザインを目指すべきだという考えであったところから、2004年になって、おもしろさや楽しいという情動、芸術性や美しさという感情も重要だという考え方に変わったというのである。この問題意識は、20年前に柳生先生から触発を受けてわれわれが音楽の側から認知心理学にアプローチしていたときに深層心理的に気がついていた違和感を、正面から取り上げているもののように感じる。
昨今、みずからデザインへの意識をもって実践する機会は格段に増えているように感じる。ウェブページやブログを公開するときにはもちろん、携帯電話の着信音を設定する際にも、自分にとって、また他者にとって最適、快適なデザインとはなにか、模索しながら実践するようになった。今後も業務としてウェブページ運用、データベース作成や出版編集に関わることになるため、新たな動向を把握しながら、実践的に活かす努力を続けたい。
(文献)
朝倉敏夫・佐藤浩司編著『2002年ソウルスタイル—李さん一家の素顔のくらし』(国立民族学博物館編集・千里文化財団発行 2002年)
新垣紀子・野島久雄『方向オンチの科学 : 迷いやすい人・迷いにくい人はどこが違う? 』(講談社 2001年)
ドナルド・A・ノーマン『誰のためのデザイン?』(野島久雄訳 新曜社 1990年 原著発行1988年)
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具 ソフト・テクノロジーの心理学』(佐伯胖ほか訳 新曜社 1996年 原著発行1993年)
ドナルド・A・ノーマン『エモーショナル・デザイン 微笑みを誘うモノたちのために』(岡本明ほか訳 新曜社 2004年 原著発行も2004年)
柳生力『学級におけるリコーダー指導の研究』(音楽之友社 1978年)
槙田盤 MAKITA Van