ホールでの緊張と自由、幕間文化の充実
槙田盤
発行年月:20090220
掲載 :京都芸術センター通信「明倫art」Vol.106 2009年3月号音楽レビュ−
発行元 :京都芸術センター
すばらしき喜歌劇
喜歌劇楽友協会/喜歌劇「メリー・ウィドウ」
2009年1月17日〜18日 メルパルクホール大阪
大阪で四半世紀、毎年2回のオペレッタの公演を続けてきた喜歌劇楽友協会による54回目の定期公演は、ホールの休館にともなって1年ぶり、9回目のメリー・ウィドウであった(台本・演出・製作:向井楫爾)。
この団体は、オペレッタの名品を奇をてらわない演出で、くりかえし上演してきた。2〜3年に一度、同じ演目をキャストを変えて3回づつ上演することによって、多くのメンバーがいろいろな役を演じた経験を持ち、身にしみ込んだ作品としている。アマチュアを主体とするとはいえ、歌だけでなく演技やダンスも日々トレーニングし、オペレッタに楽しく真面目に取り組む姿勢が舞台に反映している。
舞台は、大金持ちの未亡人ハンナ(佐々木信乃)と、もと恋人で大使館の一等書記官ダニロ(臼井秀明)とが、ふたたびくっつくのかということを中心に進行する。もともと踊り子であったという役柄のパリ公使夫人ヴァランシエンヌ(松永京子)は、歌できかせるだけでなく、ダンサーの中心で積極的に雰囲気を出して踊っていた。
この団体による公演は、日本語の歌詞がこなれたもので聴いていて心地よいのが大きな特徴である。たとえば2幕の男性陣による行進曲の歌詞は、昨年の兵庫県立芸術文化センターでの「女!女!」でも、筒井康隆による「フリン伝習録」での「フリン!フリン!フリン!」でもなく、「(女というものは)わ、か、ら、なーい」と歌い、フィーナーレでは同じメロディーが「す、ば、ら、しーい!」と歌われた。歌だけでなく、言葉がわかり、演技やダンスとともに自然に舞台を楽しむことができることがすばらしい。
同じ作品を見ても、そのときの舞台の雰囲気や自分のおかれた状況や気分によって、感じ方が大きく異なる。今回は、潔白を貫こうとして遊び人を装うダニロの悲哀と、フランス人の大使館随行員カミーユ(瀬田雅巳)の愛の一途さに心弾かれた。ダニロのまじめな立ち振る舞い、カミーユのまっすぐな心地よい声の質感から感じたのだろうが、あるいは、自分が40歳になって青年男子の純粋さをうらやむ年代になってきたからかもしれない。
これまで常打ち小屋であった森ノ宮ピロティーホールとは違って、新大阪のメルパルクホールの客席5列ほどをつぶして配されるオーケストラ(エウフォニカ管弦楽団/指揮:金正奉)は、ほぼ客席と同じ高さにおり、演奏する姿が手に取るように見え、音も直接届いてくる。客席に座っていても、オケピの中から見ているような不思議な一体感があった。阪急南方駅までの間のバールでワインを楽しんで帰った。(観劇したのは17日)
まきた ばん/大学職員、音楽学者
こんにゃく座の「ピノッキオ」(12月21日・長岡京記念文化芸術会館)は4人の歌手とピアノによる秀逸な新作オペラであった。/重森三果(新内)と中村善郎(ボサノヴァ)による「声と弦の響き2008 望郷 〜センチメントス〜」は、歴史的研究をベースとした上で、異なるジャンルを結びつけた精力的な公演であった(12月4日・京都芸術センターフリースペース)。
槙田盤MAKITAVan