心地よい場所、響きのよい空間を探そう

槙田盤

発行年月:20091120
掲載  :京都芸術センター通信「明倫art」Vol.115 2009年12月号音楽レビュ−
発行元 :京都芸術センター


心地よい場所、響きのよい空間を探そう
 京都芸術センター「ある風景の中に」展 (2009 年9 月15 日から10 月18 日まで)

 音楽家が造形をともなう表現に近づいて、美術家が音の出る作品を洗練させた 結果なのだろう。もともと小学校の校舎であった建物のあちこちに設置されたイ タズラ仕掛けのような作品は、音と造形によって、今いる空間が意外なものとし て感じるようなものばかりであった。
 センター玄関におかれたガラスケースには砂が敷かれているだけで、なんだろ うと立ちどまってみていると、どこかから犬の鳴き声がする(岡田一郎《empty landscape#2》)。廊下には、造花がモーターで回転しており、ギャラリー南に は、同様に回転するキューピー人形や、回転していて何だかわからないものが仰 々しく展示されている(矢津吉隆《Phantom objects》)。ワークショップルー ムに入ると、部屋の備品なんだかわからない洗濯機や流しのところに、へんちく りんな仕掛けがしてあり、風船が上下したり、ぴかぴか光ったりしている(梅田 哲也《○(しろたま)》)。ここまでは「脱力系」であるが、ギャラリー南では少 し暴力的な2つの音がうねっているし(ニシジマ・アツシ《A to C "69"》)、 ギャラリー北では垂れ下がる8本の線が微妙に振動してかすかな音を発してお り、静かであるが緊張する空間となっている(藤枝守《宙づりのモノコード》)。 同じ藤枝による屋上に設置された《Aeolian Harp》は30分に一度ほどしか聞こえて こないし、鈴木昭男の作品《鈴木昭男になる》に至っては、パフォーマンスの痕跡 があるが、もはや何も残されていないという風情であった。
 こうした作品の前で頭をひねっていると、日常的な空間にもどこかに通じる穴 があいていそうに思えてくる。微妙に変化する音と空間の響きを体験すること で、耳だけでなく感覚がひらかれていく感じだ。最終日に聞いた藤枝とニシジマ のトークセッションでは、大きな音、大規模な構成でモダニズムを体現してきた 音楽というジャンルから「モダニズムをやめる」ことを始めたい、といった発言 があった。また、風や植物から見えないものを音に変換することで、近代人のつ まらない創造力を超えたものに気づくことができる、という話もあった。自分が 心地よい場所、響きのよい空間を探すところから始めればよいようだ。日常的な 感覚を基点として時代の転換が予感ができるとはうれしい限りである。
 こうした権威的ではなく「○○らしく」ないところが、実に京都芸術センターらしい。瀟洒な美術館には似つかわしくない、けれ ど、確かに芸術としてのインパクトがあって魅力的だ。これを無料で体験した人 々の心の中から、新しい世界が広がるであろう。


まきた ばん/大学職員、音楽学者
継ぐこと・伝えること41「宝塚歌劇−男役の魅力−」(10月17日)で榛名由梨が 燕尾服を着て「無法松の一生」の松五郎の歌うのを聴いて、宝塚男役が現実を跳 躍することで役者としての普遍性を獲得していることがよくわかった。座付き作 曲家である吉田優子のピアノ伴奏が、骨太で大胆だがぴったり歌に寄り添うもの だというのも発見であった。


槙田盤MAKITAVan